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栗城史多の読み方や生い立ち!性格や技術は?無謀や無茶と批判も

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5月21日、エベレスト登頂中に無念のリタイアをしてしまった栗城史多さんが、天国へ旅立っていたことがわかりました。

今回で8度目のエベレスト挑戦だったのですが、なぜこのような事態に陥ってしまったのでしょうか?

栗城史多さんの性格や、登山の技術、実力などを見ていきましょう。

 

そこで今回は、

・栗城史多さんのプロフィール

・読み方や生い立ち

・性格や登山の技術、実力について

・無茶だと批判されていた理由

といった話題について見ていきます。




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栗城史多のプロフィール

名前:栗城史多(くりき のぶかず)

生年月日:1982年6月9日

出身:北海道瀬棚郡今金町

所属:株式会社たお(代表取締役)

 

名前の読み方は”くりきのぶかず”です。

登山家として知られていますが、実は起業家でもあるのです。

書籍も出版しており、

・弱者の勇気

・一歩を越える勇気

・NO LIMIT

と3冊も出しています。

 

なんにでも積極的にチャレンジしていく性格で、登山に対しても無謀と言われるレベルでの挑戦をしていました。

詳しくは後述します。

 

”冒険の共有”をテーマとして、全国で講演会を開いていました。

小中学校や高校などを中心に、冒険することの大切さを説いて回っていました。

 

元ニートや元ひきこもりと自称していますが、これは事実とは異なります

自称するようになったきっかけは、栗城史多さんの全国デビュー企画にありました。

金もない、コネもない、経験もない若い登山家が活動するためには、資金を提供してくれるスポンサーの存在が不可欠です。

 

そこで、デビュー企画の話が持ち上がったのです。

名付け親は、あの名作”電波少年”で知られている日テレプロデューサーの土屋敏男さん。

”ニートのアルピニスト、初めてのヒマラヤ”というタイトルで映像化されたのです。

 

さて、栗城史多さんの生い立ちに迫ります。

幼少期から登山に親しむ…なんてことはなく、大学の山岳部に入部してから登山を始めました

20歳のときに1週間程度で走破できる雪山を縦走します。

北海道にある中山峠~小樽市銭函のルートですね。

 

その2年後、初めての海外進出を果たします。

このとき登った山が、アメリカのアラスカ州にあるマッキンリーです。

 

ここから栗城史多さんの登山活動が本格化しました。

1~2年に1度のペースで次々と世界の山を制覇していくのです。

アコンカグア、キリマンジャロ、チョモランマ…

登山に興味がない人でも、聞いたことはある名前かもしれません。

世界の果てまでイッテQ!では、あのイモトアヤコさんも登山していましたよね。

 

そして、栗城史多さんの登山人生において最大の挑戦といえばエベレスト挑戦です。

過去には7度のエベレスト登頂に挑み、今回の挑戦で8度目でしたが、ついに1度も達成することはできませんでした。

山頂でのインターネット生中継を夢見ていましたが、それも叶うことはありませんでした。

 

栗城史多さんの過去のエベレスト挑戦の軌跡は以下のとおりです。

※エベレストの標高は現在8848mと記録されています。

2009年…8000mに到達できず敗退

2010年…8000mに到達できず敗退

2011年…7900mに到達できず敗退

2012年…強風により敗退

2015年…7900mで敗退

2016年…7400mで敗退

2017年…6800mで敗退

 

ちなみに、2012年のリタイア時には両手の指を9本切断しました。

原因は極度の凍傷によるものだったそうです。

 

今回、2018年の登頂中に撮影していた動画がこちらです。

 

 

ほとんど毎年エベレストに挑戦していたものの、最後まで達成できなかった栗城史多さん。

そんな彼の登山家としてのレベルはどんなものだったのでしょうか?




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登山家としての技術や実力は?

ここからは、栗城史多さんの登山家としての技術、実力に迫っていきます。

結論から言ってしまうと、評論家や海外の反応はあまりよくありませんでした。

そこまで評価が高くなかったのです。

 

というのも、栗城史多さんが掲げる”無酸素・単独登頂”があまり評価されていないのです。

 

この”無酸素・単独登頂”というフレーズだけ聞くと、なんとなくすごそうなイメージが湧きますよね?

実際、このインパクトを元にマスコミやスポンサーの目を引きつけていました。

 

ところが、栗城史多さんの掲げる”無酸素・単独登頂”は、登山家からしてみれば意味合いが異なるのです。

 

まず、”無酸素”について。

その名のとおり酸素ボンベを使わないで登山することです。

呼吸が苦しくなるのは当然のこと、脳に酸素がいかなくなることで判断力や思考力が鈍るといった特徴があります。

 

栗城史多さんはたしかに酸素ボンベをつけていませんでした。

ところが、一緒に登るサポートの方には酸素ボンベをつけていたのです。

登山ルートの選択や、その他様々な判断をサポート役に任せていたので、純粋な意味での”無酸素”とは言えないのです。

 

そして、”単独登頂”について。

こちらもその名のとおり、自分1人だけで登山することを意味します。

栗城史多さんが実際に行っていた単独登頂とは、頂上間近のキャンプから頂上へアタックする部分だけを1人で行うスタイルでした。

頂上付近まで至る道のりは全てサポートしてもらっていたということですね。

 

このような背景があるため、栗城史多さんは本物の”無酸素・単独登頂”をする実力がないと言われていたのです。




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エベレスト登山は無茶だと批判も?

登山家の方から見ると、今回のエベレスト登頂は無謀、無茶だという批判の声が多数上がっています。

どういった理由からなのでしょうか。

 

まず、登山というものはいくつかのルートが存在します。

エベレストの場合はおおまかに3種類のルートがあるのです。

・中国チベット側の北稜ルート

・ネパール側の南東稜ルート

・南西壁ルート

 

栗城史多さんが挑戦したのは、このなかでも最難関といわれる南西壁ルートでした。

それに加え、”無酸素・単独登頂”という条件を自分に課していました

 

これは専門家から見ると「明らかに無理」とも言える条件なのだといいます。

そもそも、南西壁ルートを登頂できるほどのレベルが栗城史多さんにはなかったと。

さらに”無酸素・単独登頂”を掲げていたのですから、なおさらだそうです。

 

ちなみに、エベレストの南西壁ルートを”無酸素・単独登頂”できる登山家は日本にはいません。

世界レベルで見ても、1人2人いるかいないかという難易度です。

 

そのため、今回のエベレスト挑戦を無謀、無茶と批判する人が多数いたわけですね。

 

まとめ

8度目のエベレスト登頂にして、ついに夢が叶わなかった栗城史多さん。

今回は、栗城史多さんのプロフィール(名前の読み方や生い立ち、性格など)、登山の技術や実力、無謀無茶だと批判する声といった話題についてみてきました。

 

その勇敢なチャレンジ精神は本当に尊敬に値します。

無謀だ、無茶だと批判されていても、挑戦することに意味があると考えていたのでしょうね。

安らかにお眠りしてほしいです。



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